2026年7月31日、Y Combinatorが社内で使ってきたマルチエージェント基盤「qm」をオープンソース化した。YCの公式X投稿によれば「HermesやOpenClawのようにカスタマイズしやすいが、会社全体で使えることを狙った」ツールで、経理・法務・イベント運営・エンジニアリング(qm自体の開発も含む)まで社内の複数部門で実際に使っているという(Y Combinator on X)。GitHubリポジトリ「yc-software/qm」は本稿執筆時点でスター3,500超・フォーク323に達しており、Hacker Newsでも500ポイントを超える反応を集めている(Hacker News)。
1人の担当者に1つのエージェントを割り当てる「パーソナルアシスタント型」から、複数人・複数エージェントが同じワークスペースで協働する「マルチプレイヤー型」へ――qmが体現しているのはこの移行だ。この記事では公式リポジトリと公式サイトの一次情報をもとに、qmが何をするツールなのか、同じくSlack統合をうたうBuzzとの違いは何か、企業チームが導入を検討する際に押さえておきたい注意点を整理する。
qmとは何か — 基本情報
qmは、YCが自社運用してきたマルチエージェント基盤をMITライセンスでオープンソース化したプロダクトだ。公式リポジトリの説明文は一貫して「Multiplayer agent harness for work(仕事のためのマルチプレイヤー・エージェント・ハーネス)」となっている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 提供元 | Y Combinator(yc-software) |
| 公開日 | 2026年7月31日(GitHubリポジトリ作成日ベース) |
| ライセンス | MIT License |
| 技術基盤 | TypeScript(Node.js)、Fastify(API)、Vite+Lit(UI)、Postgres(永続化) |
| 対応エージェント/モデル | Pi、OpenCode、Codex、Claude Codeを統合サポート(特定ベンダーに固定されない設計) |
| 提供形態 | クラウドファースト。Slackとウェブアプリの両方をネイティブ提供 |
| GitHubスター/フォーク | 3,500超 / 323(本稿執筆時点) |
公式サイトのFAQでは、qmは「エージェントの多くは個人アシスタント向けに設計されているが、qmはスタートアップ向けに設計されている」と位置づけられている。各従業員は独立したワークスペース(個人スコープ)を持ちながら、チャンネルやグループメッセージ、プロジェクト単位で他のメンバーやエージェントと協働できる共有スコープも備える、という二層構造がqmの核だ。
Buzzとの違いで理解する — 何が「マルチプレイヤー」なのか
Slack統合をうたうAIエージェント基盤としては、Jack Dorsey率いるBlock社が2026年7月21日に公開したBuzzが先行している。qmとBuzzは「チャットとエージェントを同じ場所に置く」という発想は共通しているが、狙っている協働のかたちが異なる。
| 項目 | qm(YC) | Buzz(Block/Dorsey) |
|---|---|---|
| 設計思想 | 個人ワークスペース+共有ワークスペースの「マルチプレイヤー」型。会社全体の業務(経理・法務・イベント含む)に使う前提 | Slack+GitHub+AIエージェントを1つのNostrリレー上に統合し、エージェントをチャンネルの一次的な参加者として同居させる |
| 技術基盤 | TypeScript、Fastify、Postgres。クラウドファースト | Nostrリレー(Rust製)。署名付きイベントで監査ログを残す非中央集権設計 |
| 対応エージェント | Pi、OpenCode、Codex、Claude Code | Agent Client Protocol(ACP)経由でClaude Code、Codex、Block自社の「goose」など |
| Git統合 | 既存リポジトリでのテスト実行・PR作成・CI監視に対応 | 開発中(公式に「Git統合は現時点で最も完成度が低い部分」と明記) |
| ライセンス | MIT | Apache 2.0 |
つまりBuzzが「チャット基盤にエージェントを住まわせる」アプローチであるのに対し、qmは「各従業員に個人用のエージェント環境を持たせつつ、チームの共有スペースでも動かせるようにする」アプローチに近い。qmのメモリ・ファイル・キーチェーン・権限・定時実行タスクはユーザーごとにスコープが分かれており、この個人/共有の切り分けがqmを名乗る「マルチプレイヤー」の実体だ。
主要機能 — Slack統合とエージェントの働き方
公式リポジトリの説明を整理すると、qmの機能は大きく4つに分かれる。
- Slack+ウェブアプリの二刀流: 同じアイデンティティと設定のままSlackとウェブの両方で操作できる。Slack連携はコア機能が起動・監視するオプションのプラグインという位置づけで、Slackなしでも運用できる設計になっている。
- 横断検索: 社内のノート・メール・ドキュメント・データベース・Webをまとめて検索できる。
- 社内アプリ構築・公開: 独自の社内向けWebアプリをエージェント経由で作って公開できる。
- リポジトリ操作とバックグラウンド処理: 既存リポジトリでのテスト実行・PR作成・CI監視、crons(定期実行)やwebhookトリガーによるバックグラウンド処理に対応する。
公式サイトでは、書き手の過去の送信履歴から文章のトーンを学習して受信トレイをスケジュールに沿ってトリアージする、といった実務寄りの活用例も紹介されている。
セットアップ方法
公式READMEに掲載されている初期化コマンドは以下の通りだ(組織スラッグとデプロイ先をこのコマンドで指定する)。
npm exec --yes --package=@yc-software/qm@latest --
qm init . --org <slug> --target <fly-or-aws>
--targetにはFlyまたはAWSを指定する形で、クラウドファースト設計に沿ったデプロイフローになっている。ローカル検証用の手順や詳細なオプションは公式リポジトリのREADMEを直接確認してほしい。JS描画される公式サイトの機能一覧の一部は本稿執筆時点でこちらから機械的に取得できなかったため、コマンドや設定値の詳細は必ずGitHub上の一次情報を参照すること。
Claude Code Agent Teamsや他の常駐エージェントとの位置づけ
「複数エージェントを協調させる」という文脈では、Claude Codeのマルチエージェント設計パターンのように、1人の開発者が複数のサブエージェントを使い分ける仕組みが既に広がっている。qmが違うのは、対象を「1人の開発者の作業分担」ではなく「複数人の従業員+複数エージェントが同じ組織の業務を回す」ことに置いている点だ。この意味で、SlackにAIを常駐させる発想ではClaude Tagや、常時稼働の自律エージェントという方向ではMicrosoft Scoutも近い問題意識を持つが、qmはオープンソースでセルフホスト可能かつモデル非依存という点で立ち位置が異なる。
企業チームで導入する際の注意点
Slackにエージェントを常駐させ、社内のノート・メール・ドキュメント・データベースを横断検索させる構成は利便性が高い一方で、権限設計を誤ると情報漏えいのリスクに直結する。導入を検討する際は以下を事前に詰めておきたい。
- 個人スコープと共有スコープの境界を明確にする: qmは従業員ごとに独立した権限・メモリ・キーチェーンを持てる設計だが、どの情報を共有チャンネルに流してよいかは組織側でポリシーとして定義する必要がある。
- Git統合など「開発中」の機能を本番運用の前提にしない: OSSプロジェクトは機能ごとに完成度が異なる。公式ドキュメントで「利用可能」「開発中」の区別を確認してから業務フローに組み込む。
- 監査ログの保存先とアクセス権を決める: エージェントが誰の指示でどんな操作をしたかを追跡できることは重要だが、そのログ自体が機密情報を含みうる点も踏まえて閲覧権限を設計する。
- セルフホストかクラウドかを早めに決める:
--targetでFly/AWSを選ぶデプロイ設計のため、社内の機密データをどちらに置くかは事前に方針を固めておく。
よくある質問
qmは誰でも無料で使えますか?
はい。MITライセンスでソースコードが公開されているため、自分でホスティングすれば無料で利用できます。ただしFlyやAWSなどのインフラ費用は別途かかります。
qmとBuzzはどちらを選ぶべきですか?
Slack+GitHubの統合ワークスペースとしてチャット中心の運用をしたいならBuzz、経理・法務・イベント運営など会社全体の業務にエージェントを組み込みたいならqm、というのが公表されている設計思想の違いに沿った目安です。両方ともまだ公開直後で発展途上のため、自社のユースケースでの検証が前提になります。
Claude CodeやCodexでもqmは使えますか?
公式リポジトリの説明では、Pi・OpenCode・Codex・Claude Codeが同じコアの上で動くとされており、特定のベンダーに固定されない設計です。
この記事を読んで導入イメージが固まってきた方へ
UravationではAIエージェント導入の研修・コンサルを行っています。
